十勝の事業創発につながる企業の取り組みを、LANDスタッフが取材し掲載する「LANDSCAPE」!
今回は、株式会社十勝平野蒸溜所の宮澤嘉裕さんにお話を伺いました。23年間勤めた池田町役場を退職後、スピリッツを製造する蒸溜所を設立し、十勝の恵みをふんだんに使ったクラフトジンを開発。販売に向けて動き出しています。
“人とお酒の心地よい関係”を長年にわたって考えてきた宮澤さんが造る酒とその魅力、今後の展望について取材しました。
(聞き手:LAND高橋、帯広市経済部山川、浜田)
株式会社十勝平野蒸溜所 宮澤嘉裕さん
プロフィール
宮澤嘉裕さん(みやざわ よしひろ) 代表取締役
大学卒業後、1998年に池田町役場に入職。2013年4月、池田町ブドウ・ブドウ酒研究所(十勝ワイン)へ配属となり、2021年3月に退職するまでの8年間総務や営業、ワイン城観光などを担当。2023年に株式会社十勝平野蒸溜所を設立。
「安定」の公務員の道を断ち、起業を決断
――まずは、十勝平野蒸溜所の基本的な事業内容について、お聞かせください。
(宮澤さん)2023年5月に株式会社十勝平野蒸溜所を設立し、幕別町にあるガーデン「十勝ヒルズ」内に構えた製造所で、スピリッツを作る事業をしています。スピリッツとは、蒸留酒全般を指す名称でジン・ラム・ウォッカ・テキーラなどがありますが、現在はクラフトジンの初出荷に向けて、準備をしているところです。(※取材日は2024年12月上旬)
十勝平野蒸溜所 外観
――長年勤めた池田町役場を退職して起業するまでには、どのような経緯があったのでしょうか。
(宮澤さん)池田町役場もやりがいのあるところで「定年まで勤め上げるんだろうな」と思いつつも、いずれは起業したいという気持ちは当時から持っていました。決心がついたのは池田町ブドウ・ブドウ酒研究所での勤務がきっかけで、さまざまな営利事業に携わるなかで「私もお客様に喜ばれるものを造りたい」と思うようになりました。
そこで、池田町役場を退職した2021年と、続けて22年に「とかち・イノベーション・プログラム(TIP)」に参加し、事業計画書を練ったり、仲間づくりをするなどしてビジョンが固まり、2023年に会社を設立し、現在に至ります。
蒸留所内部には貯蔵タンクや蒸留設備などが並ぶ
レシピが無限に広がるクラフトジンの可能性
――数あるお酒のなかでもまずはジンを主軸においたのは、どんな理由からでしょうか。
(宮澤さん)当初から酒の事業を計画していたのですが、十勝はワインや日本酒、クラフトビールに加えて、今は終売してしまいましたが以前は焼酎も生産されていました。これだけ酒の種類が揃っている土地は珍しいなかで、スピリッツ、特にジンという「まだ造られていないお酒」に挑戦したいと思うようになりました。
近年、世界的にもクラフトジンが注目を集めていますが、その理由に地域の素材を活かしやすいという点が挙げられます。ジンは「ジュニパーベリー(ヒノキ科の針葉樹、ジュニパーの球果)で香りづけされた酒」という定義があるため、ジュニパーベリーだけは必ず使用しなければならないのですが、それ以外は何を入れてもいい。レシピが無限に広がる、自由度が高いお酒です。それがやりがいにもなり、また、難しい点でもあるのですが、食の宝庫である十勝の地域色をより一層際立たせることができます。
――十勝平野蒸溜所のホームページには「単に十勝の自然の恵みを使うというだけではなく、この地を開墾した人々の「フロンティアスピリット」をお酒の中に表現する」という言葉がありますね。
(宮澤さん)北海道の開拓といえば、官主導の屯田兵がまず頭に浮かびますが、十勝には屯田兵が配置されていなかったんです。三方を山、一方を海に囲まれており、外的脅威が少なかったからとも言われています。では、誰が十勝を開拓したかというと、晩成社の依田勉三に代表されるような民間の人々です。
厳しい自然環境の荒地に果敢に乗り込み、数えきれない苦労を重ねてこの土地を開拓した先人の「フロンティアスピリット」と「火の酒」とも呼ばれる「スピリッツ」を重ね合わせてオマージュしたのが、我々の会社名でもあります。
――2024年12月、十勝平野蒸溜所による初のクラフトジン「明時(AKATOKI)-LIMITED EDITION-」がクラウドファンディングで先行販売されました。記念すべきファーストバッチの特徴を教えてください。
(宮澤さん)「明時-LIMITED EDITION-」は、初回限りの特別レシピで製造した、24種類のボタニカルをブレンドしたクラフトジンです。その中でも、十勝由来のボタニカルとして小豆、マッシュルーム、そして帯広市岩内の農園「ときいろファーム」のラズベリーを使用しています。
十勝平野蒸溜所による初のクラフトジン「明時(AKATOKI)-LIMITED EDITION-」
(宮澤さん)最もキーになるのが「赤いダイヤ」とも呼ばれる小豆で、この十勝産小豆を自家焙煎(ロースト)して、カカオにも似た香ばしさを引き出しました。マッシュルームも乾燥させることによって旨味が凝縮され、ジンの風味にさらなる奥行きを与えてくれます。これらの素材は、創業当初からジンに合うだろうと確信がありました。
また「花と食と農」をテーマにした「十勝ヒルズ」の中に蒸溜所を設けたということもあり、カモミールやローズレッドペダル(バラの花びら)、ラベンダーなどを加えて華やかさを出しました。カルダモンやコリアンダーなどのスパイスも使われているので、オリエンタルな風味も感じられます。
「豊富なボタニカル由来の幾重にも重なる旨味と、フローラルでオリエンタルなアロマを楽しめる」唯一無二のジン。これが弊社のジンの特徴です。
「明時」に使用されている小豆、マッシュルームなどのボタニカル
――自由度が高いというジンですが、そのぶん開発まではご苦労があったのではないでしょうか。
(宮澤さん)使用する24種類のボタニカルの選定と配合量は、弊社の蒸溜技士である齊藤とアイデアを出し合い、試行錯誤を繰り返しました。齊藤もかつては池田町ブドウ・ブドウ酒研究所でワインやブランデー製造を担当していたソムリエでもあります。2024年2月から十勝平野蒸溜所に合流してくれました。
ジンの良さをより多くの人に知ってもらうために
――ここからは、今後の展望についてお伺いします。ジン以外のスピリッツの製造について、構想はありますか。
(宮澤さん)弊社では銅製のハイブリッド式蒸留機を使用していますが、この蒸留機でジンだけではないさまざまなスピリッツを製造することができます。
当初から考えているのは、北欧諸国で広く親しまれている「アクアビット」というお酒です。じゃがいもを原料とするスピリッツ(アルコール)にハーブなどを浸漬させて風味をつけ、それを蒸留して造ります。また、ラムの原料はサトウキビですが、同じようにてん菜(ビート)を使ったスピリッツが製造できないかと考えています。
――クラフトジンやその他のスピリッツを広めていくためのお考えがあれば、教えてください。
(宮澤さん)ビールや日本酒などと同じように日常的にジンを飲んでいるという人は、まだまだ少ないのではないでしょうか。ですから、これからは製造・販売と共にジンを手に取ってもらうきっかけ作りや、飲み方の提案をどんどんしていきたいと考えています。
スピリッツを軸に、十勝の食や自然、文化を一体で楽しむ「ガストロノミーツーリズム」を計画してプロモーション事業にも力を入れていく予定です。2023年には、広尾町でアクアビットと広尾産の海の幸をふんだんに楽しむガストロノミーツアーを実施し、十勝管内や首都圏から参加者が集まりました。
(宮澤さん)また、ジュニパーベリーにはほどよい清涼感があり、ストレートやロックはもちろんですが、ソーダ割りもおすすめできる飲み方です。油分の多い料理、例えば焼肉や中華料理などにも合わせやすいのではないかと思います。また、スピリッツと食のペアリングについても、他の生産者と連携しながら機会を設け、積極的に提案をしていきたいと考えています。
私が働いていた池田町では、子どもが生まれたときにその年のワインを1ケース購入する家庭が多くあります。成人を迎えたときなど、節目節目に飲むんですね。私も結婚したとき、2人の子どもが生まれたときにそれぞれ購入しました。池田町では、ブドウ・ブドウ酒研究所がワインセラーの貸付事業も行なっていて、大切なワインを保管しておくこともできます。
考えてみると、お酒とは人の人生にずっと寄り添うものでもありますよね。祝い事があるときも、悲しい時などにも、お酒を飲む文化がある。池田町のワインのように、私たちがつくるスピリッツも”人とお酒のここちよい関係”を見つけて「人生に寄り添うお酒」「人生を彩るお酒」になれればと願っています。
――ありがとうございました。最後に十勝の皆さんへメッセージをお願いします。
(宮澤さん)食の宝庫である十勝には、それに携わる事業者が多くいらっしゃいます。そういった方々と連携して、商品の開発やガストロノミーツーリズムに代表されるイベントプロモーションなどを協働して行なっていきたいです。ぜひお声がけください。
編集後記
事業を始める前の構想段階に、LANDにたびたびお越しになっていた宮澤さん。当時感じていた事業にかける熱意や芯の強さに、更に磨きがかかっていました。ブレずに取り組み続ける宮澤さんの姿勢から、事業推進に大切なことは何かを学ぶ取材となりました。
十勝平野蒸溜所としての事業は開始したばかりですが、これから素敵な製品が世に出てたくさんの方に親しまれ、構想をひとつひとつ実現させていくことと思います。十勝平野蒸溜所、宮澤さんの取り組みをこれからも応援していきます!(LAND高橋)
LINK
株式会社十勝平野蒸溜所ウェブサイト
協力
帯広市経済部経済企画課、フードバレーとかち推進協議会
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