北海道帯広市の事業創発拠点「LAND」

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有限会社北広牧場

若杉 真吾さん

#59「道内酪農家として初のISO22000を取得。新牧場から新得の未来を見据える北広牧場の挑戦」

十勝の事業創発につながる企業の取り組みを、LANDスタッフが取材し掲載する「LANDSCAPE」!
今回は、有限会社北広牧場(新得町)の取締役 若杉真吾さんにお話を伺いました。道内の民間牧場としては初めて食品安全マネジメントシステムの国際規格「ISO22000」の認証を取得、2024年には旧狩勝牧場跡地を利活用した新牧場の立ち上げを発表するなど、画期的な取り組みを次々と進めています。北広牧場の今とこれからについて取材しました。
(聞き手:LAND小田、帯広市経済部 山川)

有限会社北広牧場 若杉 真吾さん

プロフィール
若杉 真吾さん(わかすぎ しんご) 取締役

有限会社北広牧場 取締役。1983年生まれ。代々新得町で酪農と農業を営んできた若杉家の5代目。2007年、北広牧場に入社。2015年より現職。北広牧場におけるISO22000取得を主導。現在は、旧狩勝牧場跡地を利活用した新牧場の立ち上げに尽力。観光地めぐりと豆から挽いたコーヒーが好き。

新得町内の4つの牧場が統合した”メガファーム”


――まずは、北広牧場のなりたちや基本的な事業内容について教えていただけますか?

(若杉さん)北広牧場は、1996年に新得町内の北新得地区と広内地区で牧場を経営していた4つの酪農家が統合して生まれました。初代代表取締役は太田眞弘(現JA新得代表理事組合長)、私の父である若杉政敏が二代目で、2022年に高野淳が三代目を引き継ぎました。
 約900頭の牛を飼って酪農業を営んでいますが、経営面積はデントコーンの畑が110ヘクタール、牧草地が150ヘクタールで合計260ヘクタールほど。年間の出荷乳量が1000トン以上あると「メガファーム」と呼ばれるのですが、北広牧場では5400トンほどを出荷しています。また、低温殺菌牛乳や飲むヨーグルトなどを自社製造して、オンラインやキッチンカーで販売もしています。


道内の民間牧場として初のISO22000取得。その経緯は?


――北広牧場の大きな特徴といえば、道内の民間牧場で初めてISO22000(食品安全のためのマネジメントシステム)を取得したという点ですが、いつ頃から取得について考え始めたのでしょうか。

(若杉さん)ISO22000は2018年に搾乳施設、2019年に乳製品工房、2020年に哺育舎で取得しました。
 私自身は、現場命の酪農大好き人間で、今でももちろん現場に入っているのですが、2015年に役員になって「ちゃんとした組織を作りたい」と思ったのが取得のきっかけでした。
 1996年に有限会社として北広牧場が立ち上がってはいますが、気の知れた仲間同士でスタートしたということもあり、当時は決め事が何もなかったんです。父親からは「阿吽の呼吸が大事」とよく言われていましたが、私にはそうではないと感じるところもあって。

――気の知れたご家族同士が集まってできた牧場だから、あえて明文化しなくても仕事が回っていたのでしょうか。

(若杉さん)最初はそうだったのかもしれません。でも、初期の4家族の中から高齢化による体力の衰えや怪我などで離脱するメンバーが出ると、外部から人を雇うことになりますよね。阿吽の呼吸でやっていたから就業規則なんてものもないし、始業時間すら決まっていない。外部から雇用したメンバーにとってはそういったことが戸惑いやストレスになって、無断欠勤や遅刻などの問題が出てきました。
 極め付けは、サルモネラ菌の中でも一番感染力の強いダブリンが子牛の中から出てしまったことでした。獣医さんの指示のもと、40頭いた子牛を全て淘汰しなければならなくなって、それから問題意識をもって、組織をちゃんとしようと思い始めました。

――ISO22000取得に向けては、若杉さんがお一人で取り組まれたのですか?

(若杉さん)2017年頃に知人の紹介で出会った、当時帯広畜産大学地域推進連携センターにいた渡辺信吾教授に「組織づくりをしたい」と相談したら「ISO22000が良い」と教えてくださって、取得に向けてお手伝い頂きました。もともとはよつ葉乳業で衛生管理や品質保証に従事していた方で、帯広畜産大学のISO22000取得にも関わられていた方です。

北広牧場内に掲示された「ISO22000」の認証取得表示板



――具体的にISO22000を取得するとなるとどういった手順を組むのでしょうか。何か手順書のようなものがあって、それを一つ一つクリアしていくというような形でしょうか?

(若杉さん)ISO22000の取得手順というのは「目標を作りなさい」「問題が起きたときの対応を考えなさい」「それらをきっちり明確化しなさい」といった概論的な部分に止められているもので、具体的な方法については、かなりこちらに委ねられているんです。
 ISO22000でまず大切なのは食品安全目標や経営目標といったものですが、それらを達成するためにどのような管理が必要なのか、科学的根拠に基づいてマニュアルを作ったり、分析をすることが必要です。例えば、新しい設備を導入するとして、これを取り入れた場合にどういったリスクや回避手法があるかをあらかじめ想定しなければいけません。
 HACCP*においてはCCPという重要チェックポイントがあり、うちの場合は「生乳を安全に出荷する」ということですが、これについても例えばトラブルが起きたときにどう管理するかなど、今まで北広牧場になかったマニュアルをたくさん作りました。
 その上で、目標や安全管理方法について社内でスムーズに共有できるよう、内部のコミュニケーション資料をクラウド化したり、ビジネスチャットツール(LINE WORKS)を導入したりもしました。
 また、ISO22000の中には「従業員への教育」という項目もあります。安全に商品を出荷するためには従業員の教育は重要ですよね。そこで人事評価制度を導入することにしたんです。

*HACCP…原材料の入荷から製品の出荷に至る全工程の中で、それらの危害要因を除去又は低減させるために特に重要な工程を管理し、製品の安全性を確保しようとする衛生管理の手法。日本では、2021年6月から「HACCP完全義務化」が開始。CCPはその中でも特に管理すべき重要チェックポイントのこと。

参考:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/haccp/index.html


――その人事評価制度について、さらに詳しく教えていただけますか?

(若杉さん)北広牧場では「成長シート」という評価シートがあって、それをもとに人事評価を行なっています。「勤務態度(リーダーシップコンピテンシー)」という基礎項目を土台に、北広牧場で覚えて欲しい知識や技術についてまとめた項目、さらにその上に「重要業務(管理業務)」という項目、最後に「成果(牛の妊娠率や生産性など牛を健康にするための指標)」という項目があります。導入当初はそれこそ「挨拶」という項目もあったのですが、組織の発展に合わせて項目の見直しも行ってきています。
 これらを5段階で自己評価してもらい、次に上司が評価します。それらをもとに会議をした結果を本人にフィードバックするという流れを3ヶ月おきに行なっています。

――まさに大企業が実施しているような、しっかりとした人事評価制度を運用されているんですね。北広牧場での「上司」というと、誰が誰を評価することになるのでしょうか?

(若杉さん)北広牧場は管理職、中堅職、一般職と分かれていて、管理職は中堅職を、中堅職は一般職をそれぞれ評価します。中堅職は、それぞれの部門(搾乳・哺育・牛群管理など)のリーダーのことですね。中堅社員を見ていると、特に一般職へのフィードバックの点で伝えづらいことでも本人のためにあえて伝えていかなければならずとても大変そうですが、この評価制度を作ってから、中堅社員クラスの人が辞めたことは、ほぼないですね。

――この人事評価制度を取り入れたことで、従業員の働き方に変化は感じられましたか?

(若杉さん)自分が何をするべきかが明確になったからか、覚えるスピードが速くなったと思います。もともと、北広牧場は成果を出しても出さなくても全員が毎年一律に給与が上がり、賞与ももらえるという会社でした。でも「頑張っている人をちゃんと見てあげたい」という思いがあったんです。この制度が従業員全員にとってメリットになっているとはまだはっきりとは言い切れませんが、頑張っている人に会社として応えてあげたいと思って作ったのが、この人事評価制度でした。

北広牧場の従業員とその家族の集合写真。中段左から2人目が若杉さん



ー新得町を豊かに。北広牧場の地域貢献。


――北広牧場のホームページには、「ミッション『牛も人も幸せに』:私たちは酪農を通じ、仲間の成長と幸せを追求し、共に育ち合う会社であり続けます。そして地域社会を豊かにし、次世代につながる新しい酪農を目指します。」が掲げられています。北広牧場と地域社会との関わりについて、お話を聞かせていただけますか?

(若杉さん)まずは、2019年にできた乳製品製造工房の話をさせてください。その前年、北海道では台風による甚大な被害がありました。私は消防団で炊き出しなども行なったのですが、そのときに「自分たちは食を生産する事業をしているのに、なぜ自分たちの手元に地元の人たちが困っているときに提供できる製品がないんだろう」と思うところがあったんです。その思いがあって工房を立ち上げました。
 同時にキッチンカーも作って、地元のイベントに出店したりもしました。幼稚園では食育の一環で、紙芝居を使って酪農の仕事を紹介しながら、ソフトクリームを振る舞っています。自分たちの住む町に北広牧場があることを知ってもらうことで、いずれ彼らが大人になって外に出ても、地元に帰ってくるきっかけになればいいなと思って続けています。
 地元の高齢者施設にもボランティアで出向くと、「ソフトクリームなんて何年ぶりに食べただろう」と喜んでもらえたり……私たちの事業を通して、新得をもっと豊かにできればという思いがずっとありますね。

北広牧場が製造・販売する「ほっこうミルク」と「のむヨーグルト」



――その思いが、北広牧場の程近くにある旧狩勝牧場跡地を活用した第2牧場の構想に繋がっていくんですね。第2牧場の構想についても、詳しく聞かせてください。

(若杉さん)旧狩勝牧場は2018年3月に閉鎖したあとは町が保有して、JA新得町子会社の(株)シントクアユミルクが飼料確保のために現在でも畑を使っています。ただ、今でも使えそうな立派な建物などの中にも活用されていない施設があり、町としてもどうにかしたいという思いがあったようです。
 狩勝牧場が閉鎖した6年前とは違って、北広牧場としても体制が整い、社員も育ってきたので今ならできるということで手を挙げました。現状の構想は、搾乳・育成牛舎を借り受けて、低コスト型の放牧酪農を軌道に乗せること。その上で、既存の建物を改修して、農家レストランやファームツアーに利用できる加工施設、コテージを作って宿泊ができる体制を整えていく予定です。

現在、立ち上げ準備を進めている第2牧場



――放牧酪農を選択した理由はあるのでしょうか?

(若杉さん)酪農情勢の悪化という時代的な背景もありますね。輸入飼料に依存しきりのこの産業構造をどうにかしなくてはいけないという思いがあって、この第2牧場が何かを変えるきっかけになればいいなと。
 輸入飼料に頼らない=配合飼料を与えないということになるので、乳量は減るわけですが、放牧であれば牛たちが勝手に餌を食べてくれるので、餌代にかかるコストも削減されます。そのバランスの良いところを見極めれば良いですし、生産効率はむしろ上がるのではと考えています。

――北広牧場全体の今後の展望について教えていただけますか?

(若杉さん)まず、現在はあまり例のない「メガファームによる放牧酪農」を成功させて、世の中に一つの方向性を示すということがあります。それが、今この業界が抱えている輸入飼料や環境問題などの問題を解決する糸口になればと思っています。そして人材育成に力を入れてきた強みを生かし、第3、第4と地域の牧場を維持するような展開をしていきたいと考えています。
 そして、新得町に対しても、放牧酪農という北海道らしい景観を生かして、町にもっと人が来るしくみを作りたいと思っています。現在、広内エゾリスの谷チーズ社の寺尾智也さん、TACとかちアドベンチャークラブの野村竜介さんと共同で「しんとく未来創造プロジェクト」というチームを組み、第2牧場を活用して町の魅力を高める取り組みを進めています。

――ありがとうございました。最後に、十勝の方に向けてのメッセージをお願いします。

(若杉さん)十勝には面白い人が多いです。北海道中小企業家同友会とかち支部に入っているのですが、こだわりを持った方ばかりで(笑)、そういう方達に揉まれて私も成長していきたいと思っているので、自分も十勝を盛り上げられる立場になれたらと思っています。これからも他社と連携して、一緒に面白いことをやっていけたらいいですね。



編集後記
北広牧場を訪れた際の第一印象は、まずとても清潔であるということ。このように綺麗に牧場を管理されている若杉さんだからこそ、ISO22000を取得するという発想になったのだなと納得させられました。
そして、組織に確たるルールや管理体制を構築したからこそ経営基盤や組織自体が強くなり、現在の飼料高騰といった大変な社会情勢の変化がありながらも、それにただ耐えるのみならず、逆に積極的なチャレンジに打って出ていくことができるのだと理解しました。
温和で気さくな若杉さんですが、その一方で大きな課題に果敢に挑戦する姿勢に敬意を表しつつ、これからも若杉さんの取り組みを応援していこうと思います!
(LAND小田)


LINK

北広牧場有限会社ウェブサイト


協力

帯広市経済部経済企画課、フードバレーとかち推進協議会


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