十勝の事業創発につながる企業の取り組みを、LANDスタッフが取材し掲載する「LANDSCAPE」!
今回は、更別村を拠点にカメラマン・映像作家として活動するサムエルさんにお話を伺いました。全国各地を飛び回るサムエルさんですが、昨年は東京都渋谷に撮影スタジオを設立、新事業をスタートさせました。サムエルさんのこれまでの経歴を紐解きながら、スタジオオープンまでの道のりや2拠点で働く上でのメリット、十勝に軸足を置き続ける理由などを聞きました。
(聞き手:LAND植田、帯広市経済部 山川)
El-Productions サムエル・ノゾミ・リーさん
プロフィール
サムエル・ノゾミ・リーさん(澤田 希望) 代表
1993年ハワイ生まれ、幼少期に両親と共に北海道へ移住。2017年よりフリーカメラマンとして活動開始。
2018年北海道150年若者映像コンテストでグランプリを受賞をきっかけに活動の幅を広げ、2023年に東京都渋谷にレンタル撮影スタジオAtelier Lumiereを開設。
更別村を拠点に道内外で活動しながら子育ても頑張る一児の父。
就職経験が全くないまま、カメラマンとして起業。
――まずは、サムエルさんの事業内容を教えていただけますか?
(サムエルさん)2017年から十勝の更別村を拠点としながらフリーカメラマンとして仕事をしています。最初は写真の仕事が多かったのですが、現在は映像制作がメインで活動をしています。昨年(2023年)には、東京都渋谷に時間貸しできる撮影スタジオをオープンして、都心に第2の拠点を作りました。今も家族で十勝に住んでいますが、依頼があれば東京をはじめ全国各地を飛び回っています。
――2017年、23歳のときに起業されたんですね。日本でいえばちょうど大学を卒業して新卒で社会人になる年齢ですね。
(サムエルさん)実は私は、小学五年生から「ホームスクーリング」といって、学校に通わずに自宅で学習する方法を選んだので、高校や大学にも行っていないんです。日本ではまだ馴染みがないですが、アメリカでは全州で認められています。両親は海外生活も長く、ホームスクーリングという方法があるということを教えてくれて、最終的には自分でそれを選びました。ホームスクーリングでは、興味のあることを自分で探して掘り下げていく姿勢が大切で、自主性が身につきます。自分にとってはそれがすごく合っていたし、ホームスクーリングでなければ、今の自分はなかったんじゃないかと思います。
また、父親も自営業で「自分の仕事は自分で作れ」というような人なので、アルバイトすらさせてもらえませんでした。だから学生の頃は、インターネットで海外の安い雑貨を輸入して、ヤフオクで売ったりしてお金を稼いだりしていました。言葉ひとつで売上が変わったりするのを肌で感じていて、商品の見せ方やマーケティング能力といったところはその時に身に付けました。
人と関わることが好きなカメラマンの働き方。
――輸入販売の事業をしていたのにカメラマンとして起業することになったのには、何か経緯があるのでしょうか。
(サムエルさん)もともとカメラを趣味としていたので「人生は一度きりだから好きなことを仕事にしたい」というのはやっぱりありました。一方で「趣味が仕事になると、趣味が趣味ではなくなる」という話はよく聞くので、葛藤もあったのですが「好きなことだからこそ続けられる」ということもあるし、自分にしかできないことを生業にするのが一番だと思いました。それまでやっていたネット販売の仕事は相手の顔が見えないので、そこまでやりがいを感じていなかったというのもありましたね。
――より人と関わるような仕事がしたかったということでしょうか?
(サムエルさん)そうですね。写真を撮ること自体も好きなんですが、人と関わることがとても好きなんです。趣味で撮影していた頃は、風景写真をよく撮っていて「この綺麗な景色を自分だけに留めず、いろんな人にシェアしたい」という気持ちがあったのですが、やっぱり人を撮るのって良いなと思い始めて。人との関わりを通じて、新たな出会いが広がり、新しい場所に行き、写真を通してしか味わえない特別な経験ができること.....それはすごく財産だなと感じます。
カメラマンとしてスタートを切った頃のサムエルさん
――そんなサムエルさんが、写真を撮る上でのこだわりはありますか?
(サムエルさん)撮影に関して「自分のスタイル、カラーを出さないところ」が特徴かなと思っています。人との関わりを大事にしているので、クライアントの話をしっかりヒアリングした上で、相手の要望に合わせて仕事をしています。だから、私のInstagramに載っている写真も全然統一感がないんです。
逆に、同じく私の妻も写真を仕事にしていますが、こだわりが強くあって世界観が統一されています。妻とは(El-productonsとは別名義の)「sfilm memories」という名前で共に活動しているのですが、そちらへの撮影依頼は妻のInstagram経由で依頼を受けることが多いです。私の方(El-Productions)は、B to Bの仕事を引き受けることも結構あるのですが、妻の方は個人のお客さんがメインで、仕事を振り分けています。2020年に結婚して以来、妻と仕事をすることで出会えた人や、撮れた映像もたくさんありますね。
――サムエルさんと奥さんのスタンスは「写真家」と「カメラマン」の違いがあるということですね。
(サムエルさん)そうですね。うちの妻は完全に写真家で、自分が表現したいものを撮って発信してそれにファンがついてくるタイプですね。一方で自分の主張でなくクライアントのニーズに合わせた撮影をするのがカメラマンだと思っているので、僕は完全にこちらのタイプですね。
サムエルさんのこれまでの作品の一部
――写真の仕事を始められて、今では東京の大企業からも仕事の依頼が来るほどですが、現在に至るまでのあいだで仕事の幅にどんな変化がありましたか?
(サムエルさん)最初にも話したとおり、写真から映像に仕事の柱が切り替わったというところですが、2018年に開催された「北海道150年若者映像コンテスト」でグランプリを戴いたのが最初のきっかけだと思います。
そのときに「写真だけではなくて映像も撮れるサムエルくん」と周囲の認識が変わっていきました。ちょうどその時期ぐらいから、世間的にも映像の需要がすごく上がってきて「Web CMを作りたい」という依頼が増えてきました。帯広でも、今までであれば映像を撮るとなると、東京から人を呼ばなきゃいけなかったところで僕を見つけてくれたりして。それで道内での仕事が少しずつ増えていき、その人脈で道外にも仕事が広がっていきました。
【受賞作品】
| Vook(ヴック)How about Hokkaido? 映像コンテストグランプリ作品
――十勝が拠点であることが、映像を仕事にする上で有利に働いたり、逆に不利に働くことはありますか?
(サムエルさん)場所がすごく良かったですね。これが札幌や東京だったら競合が多くて、仕事を軌道に乗せるまでにもっと時間がかかったはずです。どこかの会社に入って経験を積むというのが、都会型の働き方というか、経験の積み方だと思いますが、僕のように、コネも技術も経験も何もない状態から開業してここまでやってこれたのは、やっぱり地方だからこその土地柄も大きく関係してるんじゃないかと思います。
渋谷に貸しスタジオをオープン。第二の拠点に。
――ここからは冒頭でも伺った東京都渋谷区の貸しスタジオ「Atelier Lumiere(アトリエ リュミエール)」についてお伺いします。このスタジオを作るきっかけは何だったのでしょうか?
(サムエルさん)妻も写真家ということもあり、これまでは自分たちが東京でスタジオを借りることが多かったのですが、ある日たまたまSNSで、カメラマンをしながらレンタルスペース事業をされている方を見つけたんです。自分たちがいないときは時間貸しをして、自分たちが使うときは時間を気にせず使いたいだけ使う。これはいいビジネス形態だと思い、興味を持ち始めました。
――それから、物件を探し始めるんですね。
(サムエルさん)はい。でもレンタルスペースの何が難しいって、物件探しなんです。物件自体を取得することはリスクがあまりにも大きいので、賃貸物件をスタジオ化することを考えていましたが、物件の所有者からすれば、又貸しというかたちになるので、簡単に「うん」と言ってくれるようなところがなかなかなくて。不動産屋を100件渡り歩いて1件良いところがあるかないかくらいの確率らしいのですが、運よく良い物件を紹介してもらえたんです。
――物件との良い出会いがあったんですね。契約までに迷いはなかったのでしょうか?
(サムエルさん)もちろんありました。やりたい気持ちは強くあったのですが、やはりリスクが大きすぎるなとは思いました。賃貸ではあるものの初期費用はかなりかかるし、本業もあり常に管理できるわけではないし、このまま田舎でスローライフを楽しみながら生活できれば良いんじゃないかという気持ちもあって。それで「諦めようと思う」と妻に話してみたら「やってみたらいいじゃん」と言ってくれて。「やらないで後悔するよりもとりあえず挑戦してみたら」と。その一言が後押しになって、やってみることにしました。
――それからスタジオをリフォームしていったんですね。
(サムエルさん)うちは「白ホリ(=白ホリゾント)」といって、壁と床の間のつなぎ目が目立ちにくい白を基調とした撮影スタジオなんですが、これもすべて自分たちで手作りしました。今、住宅兼事務所にしている更別の家は、学生時代に父とともにDIYをして全て自分たちで改装したのですが、そのときのノウハウが活かされましたね。12日間をかけてスタジオを作って、去年の6月にオープンしました。
DIYでスタジオを工事。白ホリゾントの壁を制作中。
――現在オープンして1年3ヶ月ほど経ったところ(※取材日は2024年9月中旬)ですが、率直に経営面についてはいかがですか?
(サムエルさん)工事費や物件取得費といった初期費用は、約半年で回収できました。真っ白なのでいろいろな用途で使えますし、低価格で貸しているのでプロの方にも素人の方にも利用してもらっています。渋谷駅から徒歩2分だから立地もとてもよくて。大手のポータルサイトに登録をしているのでそこからの予約が多く、もちろん波はありますが稼働率は9割を超えていて、ほぼ毎日予約があるという状態です。
写真だけでなく映像作品の撮影にも使われる「Atelier Lumiere」。
さまざまな場所を渡り歩いたからこそ分かる十勝の良さ
――現在LANDの利用者の間でも、二拠点で仕事をしている人が増えてきている印象です。サムエルさんもそれに近い働き方をされていると思うのですが、改めてメリットを教えていただけますか?
(サムエルさん)自分がこの仕事を始めたきっかけでもある、たくさんの人や景色に出会えるということと、東京と十勝の良いとこどりができるということですね。東京に撮影スタジオを作ったことで新しい収入源も生まれて、それがちょうど子どもが生まれたタイミングとも重なったので、色々な意味で安定を得られました。
とはいえ、東京に住むというのはちょっと難しいですよね。疲れたりしちゃって。十勝に帰ってくると自然が豊かで、人との距離感もちょうどよく、リフレッシュできます。子育ても十勝のほうがしやすいのかなと思います。
仕事をする上でも撮影の対象となる豊かな資源があって、LANDやとかち熱中小学校などの創業支援や地域交流コミュニティが充実していて、こんな場所は、なかなかないんじゃないでしょうか。
――東京の新事業も順調なサムエルさん、今後の展望についてはどのように考えていますか?
(サムエルさん)東京の貸しスタジオ事業については、ノウハウが身についたのとニーズも見えてきましたので2店舗目を出したいという気持ちがあって、今も良い物件がないか探しているところです。
また、十勝での仕事も大切にしていきたいという思いもあります。
最近、気づいたことがあって。最初に「趣味を仕事にすると、趣味が趣味でなくなる」という話をしましたよね。自分にとっては撮影が仕事ということになるんですが、最近またそれが趣味に戻りつつある気がしていて……この撮影という仕事が、好きで仕方がなくなってきている。それが、フリーランスのひとつの形なんじゃないかなと思いますね。「人生、趣味しかやっていない」という域に達したいというのがあって、ホームスクールだったり、いきなり起業してフリーになるという私自身の生き方をいろんな人の参考にしてもらいたいというのが個人のひとつの夢でもあります。
――ありがとうございました。最後に、十勝の方に向けて何かメッセージがあればお願いします。
(サムエルさん)仕事でいろいろなところに行けるのですが、そうすると海外を含め十勝と他の場所を比較することができるんです。そのなかで「やっぱり十勝が一番良いな」と感じています。だから、十勝の方にはぜひ旅に出てほしいです。海外に出ると日本の良さがわかるように、それと同じような目で十勝を見てほしいなと思います。実際こうやって楽しみながら生活できているのも、十勝のおかげだと思うので。
(編集後記)
首都圏に新たな拠点を創り出し、第2の活動拠点として仕事の幅を広げつつ、北海道にいる時はレンタルスタジオとして貸し出すことで安定的な収入源として事業の地盤を固めるサムエルさん。
首都圏からの収入を基に十勝での事業を加速させる、個人事業主として自分のやりたい仕事にどんどん挑戦していく軽やかさもありながら、好きなことをやり続けるための堅実な面も有するビジネススタイルは、北海道で働きたい人や若者を中心にこれから更に広がって行くように感じました。今後もLANDはサムエルさんの活動を応援していきます!
(LAND植田)
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