北海道帯広市の事業創発拠点「LAND」

  1. ホーム
  2. 発見する!
  3. ライフ/カルチャー

十勝の事業創発につながる企業の取り組みを、LANDスタッフが取材し掲載する「LANDSCAPE」!

今回は、Arts and Creative Mind杉本志乃さんにお話を伺いました。障がいのあるアート作家や地域の人びとと連携し、アート活動と農業を連動させた農福連携事業「THE WORLD」を展開。芽室町に6ヘクタールの農地を確保し、ワイン用のブドウ栽培に取り組んでいます。
海外でアートを学び、東京のギャラリーで長年キャリアを積んできた杉本さんが、なぜ障がいのある人の創作活動を支援するのか。なぜ十勝に戻り、農業を始めたのか。その思いについて伺いました。

(聞き手:LAND植田、小田)

一般社団法人Arts and Creative Mind 杉本 志乃さん

プロフィール
杉本 志乃さん(すぎもと しの) 代表理事

アートコンサルタント。大学卒業後ニューヨークFITを経て渡英しロンドンサザビーズ コンテンポラリーアート及びデコラティブアートコース修了。近現代美術画廊勤務を経て、2009年株式会社 FOSTER 代表取締役に就任。美術品販売及び利活用に関するコンサルティング業務を行う。2014年一般社団法人Arts and Creative Mindを設立。2015年初の知的障がい者による展覧会を企画。2017年3月表参道GYREにて、優れた作品をアート作品としてマーケットにつなげる目的で『アール・ブリュット?アウトサイダーアート?それとも?そこにある価値』展を開催、好評を博す。2018年日本財団主催「障がい者芸術フォーラム」パネリスト。調布市文化コミュニティ振興財団「アール・ブリュットへようこそ」講師。

ニューヨークとロンドンでアートを学ぶ。審美眼を鍛えた20代


――まずは、杉本さんのこれまでのご経歴についてお聞かせください。

(杉本さん)私は帯広で生まれ育ち、大学進学を機に上京しました。母はもともとアートに関心があり、弘文堂画廊(帯広市西2南9)を懇意にして、地元の作家の作品を購入し支援をするような人でした。
 そんな母の背中を見て育ちましたから、私も妹も自然と子どもの頃からアートに親しみ、妹は先んじてニューヨークの美術大学に進みました。私自身も東京の大学を卒業後、妹のようなアカデミックなアプローチというよりは、もう少しビジネス的な観点からアートを学びたいと、ニューヨークのFIT (Fashion Institute of Technology)で2年間、その後渡英して世界的なオークション会社「サザビーズ」が運営している専門学校で3年間、アートについて学びました。

ニューヨーク時代、妹の華世さんとの写真



――オークション会社が運営する学校があることを初めて知りました。具体的にどんなことを学ばれていたのですか。

(杉本さん)まずは、アートヒストリー(美術史)から始まり、第一線で働く学芸員やギャラリストなどが講師として招かれて、さまざまなレクチャーを受けました。一番大きかったことは「鑑定する」「値付けをする」という技術を学べたこと。これは、今にすごく活きていると思います。オークションハウスですから、世界中の優れた作品が売買のために集められ、真贋鑑定もそこで行われます。そんな現場に立ち会えたことは、他所では得られない貴重な体験でした。

――5年間の海外での生活を経て、日本に戻ってこられたのですね。

(杉本さん)27歳のときに帰国して、主に近現代の洋画を扱う画廊に就職しました。その後、経営するファミリーの一員となって子育ても経験しましたが、離婚を機にこれからの人生について考えることになりました。そこで、かねてより関心をもっていた障がいのある人のアート作品を取り扱うことに舵を切ったんです。

ニューヨークとロンドンでアートを学ぶ。審美眼を鍛えた20代


――障がいのある人のアートに関心をもったきっかけは何だったのでしょうか。

(杉本さん)私には、重度の知的障がいをもつ兄がいて、幼い頃からそういった方々の存在が身近にあったというのが、まず背景としてあります。
 あるとき、朝日新聞に掲載されていた大阪市平野区「アトリエ インカーブ(現インカーブ)」の代表、今中博之さんの記事を読みました。インカーブは、アート活動に特化した日本でも有数の福祉施設ですが、そこで「障がいのある人が生み出すアートがある」ということを知りました。その切り抜きを10年くらい取っておいて「いつかこの人を訪ねて行きたいな」と自分の中に温めていたんです。
 記事を読んだ当時は、子育て真っ最中で画廊の仕事も忙しかったので、それどころではなかったのですが、約10年の時を経て会いに行くことができました。インカーブだけではなく、北は北海道から南は鹿児島まで、日本各地のアート活動に力をいれる福祉施設を巡りました。そこで障がいのある作家さんの数多くのアート作品を拝見し「これを世の中に埋もれさせておくのは惜しい」「私が人生を賭けるに値する」と感じ、2014年に妹と共にArts and Creative Mindを立ち上げました。

――それから、障がいのある人のアート作品を扱って、その活動を支援されるようになるんですね。最初に展示会を手がけられたときの反応はいかがでしたか。

(杉本さん)最初の展示会は、もともと勤めていた画廊で開催しました。インカーブで活動する3人の作家の作品を扱ったのですが、プロのギャラリストである前夫からは「販売は難しいのでは」と言われました。でも、結果的には完売となったのです。
 ちょうどそのとき、今でも懇意にしているデザイナー、ヒロ杉山さんの展示が同じ建物内で開催されていました。ファッションやデザインといった現代美術の本流とは異なる文脈に関心があるヒロさんのファンは、障がいのある人のアートにも目を向けてくれました。
 足を運んでくれた人たちが、「この作品が現代美術の世界でどのような位置付けをなされているのか、資産価値は今後どのように推移していくのか」といった視点ではなく、「自分が良いと思ったものを自身の物差しで判断して購入してくださった」ことに、希望を感じました。
 アートコレクターではない「普通の人たち」がアートを日常生活に取り入れる上で、障がいのある人のアートは、素晴らしい入口になるのではないかと気づくことにもなりました。ひいては、障がいのある人のアートが、日本のアートマーケットをより多様化し間口を広げてくれるものになるだろうという確信を得たのです。

「表現すること」と「食べること」を通じて、人の幸せは完成する


――ここからは、杉本さんが十勝で進めている事業「THE WORLD」についてお伺いします。まずは、この事業の概要と、それに取り組まれたきっかけについて教えてください。

(杉本さん)「THE WORLD」は、これまでに私が出会った全国の障がいのある作家や、地域の方々と連携し、アート活動と農業を連動させた農福連携事業です。具体的に作業を進めているのは、ワイン用ブドウの栽培で、これまでに400本を植樹しました。2025年はさらに2000本を植樹する予定です。
 この事業に至った経緯については、恵比寿でギャラリーを運営していた当時、新型コロナウィルスの流行でお客様を呼び込めない状況が続いたことがきっかけでした。もともとアートが好きで、今まで活動を続けてきましたが、それを機に「人間が生きるとはどういうことなんだろう」というところにまで考えが及びました。そして、特別に秀でた才能のある人に光を当てるアートの世界と、私たちが本当に伝えたい「ただそこにある命の尊さ」の間にある矛盾に、無自覚ではいられなくなりました。アートだけではどうしても埋められない、全ての命と向き合うために、私たちは、もっと自然に近い場所に帰る必要があるのではと思うようになったのです。
 さらに、障がいのある人びとの姿を見続けた私が、彼らに学んだのは「表現をすることと食べることの二つが満たされさえすれば、人は幸せに生きていけるのではないか」ということでした。そこで、共に畑を耕し食べものを作りながら、自分自身を表現できる場所を作ろうと、2022年、姉妹で30数年ぶりに十勝へUターンして「THE WORLD」を始動させました。

――ブドウを栽培しようと思われたきっかけは何だったのでしょうか。

(杉本さん)障がいのある人との共生を考えたとき、やはり将来性があり、付加価値のあることをしなければ彼らの収入に結びつかないということが、至上命題としてありました。私自身、もともとワインが好きでワインエキスパートの資格も持っているくらいなのですが、それが今になって生きているというのも愉快に感じています。細かく作業を切り分ければ、障がいのある方でもできる仕事はたくさんありますし、そういった方々と共に作るワインにはさらに付加価値がつきますよね。

――芽室町にある6ヘクタールの農地と2000坪の宅地を拠点にしていると伺いました。この土地は、どのように確保されたのですか。

(杉本さん)耕作放棄地のない十勝で農地を確保するのは、非常にハードルの高く骨の折れることでした。誰に相談をしても「無理でしょ」と、塩対応。何度も諦めざるを得ない局面がありましたが、ある障がいのあるお子さんをお持ちの農家の方と繋がり、2年ほど粘り強く交渉をした結果、その土地を譲っていただくことになったんです。

――農地の確保が難しいとされる十勝で奇跡的な出会いがあったんですね。これまでに、多くの方が杉本さんの活動を支援してくださっているのだと想像しますが、現在はどのように農地を活用しているのですか。

(杉本さん)ワイン用ブドウは、苗木を植えてから5年ほどで安定して出荷ができるようになると言われていますから、それまでは無収入なわけです。その間の農地の圃場はどうするかというと、3.5ヘクタールの土地で豆を有機栽培し、その収入によって何とか運営をしています。
 私は農業に関しては全くの初心者。でも近所の農家さんがとても親切にしてくださって、私たちを助けてくださっています。それから、農業をするのであれば有機農業で、ということは最初から決めていたので、販路の開拓については持続可能な環境再生型農業の普及に努めているアグリシステム株式会社も親身にサポートをしてくださっています。
 また、帯広で25年前から完全無農薬、無化学肥料でワイン用葡萄の栽培をし、ワインを製造している相澤ワイナリーの相澤龍也さんと息子の一郎さんにも大変お世話になっています。

――アート業界の第一線で活躍されてきた杉本さんですが、農業は初めての連続でご苦労も絶えないことと思います。特に大変なことは何でしょうか。

(杉本さん)本当に全てが大変!でも、最初に耕す人というのはそういうものなんじゃないでしょうか。だって十勝には、農地を開拓した人がいるんですから。
 帯広百年記念館には、晩成社の依田勉三のコーナーがありますよね。そこに展示されている当時の写真を見たら、私の苦労なんて大したことないと思えます。先人たちが大変な思いをして切り拓いてくれた土地で農業をしているんですから。あそこに行くと、すごく勇気をもらえますね。

農作業の様子


――「THE WORLD」の今後の展望について教えていただけますか。

(杉本さん)今年(2025年)からは障がいのある方に来て頂き、一緒に作業を始める予定です。近隣の福祉施設とも連携して、共にできる仕事を創出していきたいと考えています。今後は、ブドウを収穫して、ワインやジュースなども製造できるようになるので、企業や個人の方々のサポートもさらに必要としています。
 「フードバレーとかち」と銘打つほどに食と農が地域産業の根幹となるこの土地で、多様な人びとが活躍をしながら、その価値を広げていく「THE WORLD」という場所が十勝の新たな「レガシー」になればという思いがあります。
 それに加えて、今年からアート作品のレンタル事業を行いたいと考えています。貸し出したアート作品をオフィスやクリニックなどに飾っていただき、それを循環させていくというビジネスのモデルを作りたいなと。
 このようにして、十勝全体で障がいのある人たちの制作活動をサポートしていく空気を醸成していけたらと思っています。

――ありがとうございました。最後に、十勝の皆さんへメッセージをお願いします。

(杉本さん)多様な人たちが活躍できるその社会をみんなで作っていきましょう。
 ただ、経済的に成功することだけが全てではない。むしろそれでは足りなくて、これからの時代は多様な人が共生する社会を作り、それを皆が享受できるようになってこそ街は成熟すると思っています。
 それから、若い方には「やってみることに価値があり、それだけで十分なんだ」ということをぜひ伝えたいですね。「成功しなければいけない」「勝たなければいけない」ということに皆、囚われすぎている気がして。十勝には、フロンティア精神があるのか、挑戦する人を応援してくれる土壌があります。だから、一人じゃないし。大丈夫。始めることに意味があるよとお伝えしたいです。

編集後記
アートコンサルタントとして活躍されていながら、これまで歩んできた道とは全く異なる農福連携への挑戦。取材では朗らかに話されていましたが、数えきれないほどの困難があったと思います。それでもひたむきに取り組む杉本さんの熱い想いに胸を打たれました。2025年6月には芽室町「THE WORLD」にて大規模なブドウの植樹が行われるそうです。杉本さんの思いの詰まったワインが手に取れる日を楽しみに、これからも取り組みを応援していきます!
(LAND 植田)


LINK

一般社団法人Arts and Creative Mindウェブサイト


協力

帯広市経済部経済企画課、フードバレーとかち推進協議会


お問合せ

この記事に関するお問合せはLANDまでお気軽にどうぞ!

関連記事

↑ページ先頭へ