十勝の事業創発につながる企業の取り組みを、LANDスタッフが取材し掲載する「LANDSCAPE」!
北海道には少なかった日本酒の酒蔵を、2017年の上川町「緑丘蔵」を皮切りに、帯広市、函館市に開設してきた上川大雪酒造。同社の総杜氏である川端慎治さんに、日本の大学内に開設された酒蔵としては唯一の存在である「碧雲蔵」開設の経緯、大学や地域に根ざした日本酒造りへの想い、そして日本酒造りを通じた「地方創生」のビジョンについてお話をお伺いしました。
(聞き手:LAND 小田)
上川大雪酒造株式会社 川端 慎治さん
プロフィール
川端 慎治さん(かわばた しんじ) 代表取締役副社長・総杜氏
1969年、北海道小樽市生まれ。石川県や福岡県など5県の酒蔵で経験を積み北海道に帰郷。杜氏を務めた金滴酒造株式会社(新十津川町)で北海道産酒造好適米「吟風(ぎんぷう)」100パーセントの日本酒を造り、2011年の全国新酒鑑評会で金賞を受賞。その後2016年に上川大雪酒造「緑丘蔵」の杜氏に就任。現在は2020年10月より醸造開始の姉妹蔵「碧雲(へきうん)蔵」も統括する上川大雪酒造総杜氏を務め、帯広畜産大学客員教授も兼任。
大学内に開設された日本唯一の酒造「碧雲蔵」誕生のきっかけとは?
――まず、上川大雪酒造として日本酒造りを始めた経緯について教えてもらえますでしょうか?
(川端さん)元々は当社の社長である塚原が、2012年に三國清三シェフとレストラン運営会社を設立し、上川町でイタリアンレストラン「フラテッロ・ディ・ミクニ」の運営をスタートさせました。しかしながら、上川町は冬場は雪に閉ざされてしまう環境にあったため、なかなかお客さんが集まらないという状況にありました。そこで、冬場のための産業を新しく作りたいと考えていたところ、三重県四日市市の酒造会社である株式会社ナカムラが廃業を予定しているということを知り、2016年に同社の商号を変更し、本社と酒蔵を上川町に移転させ、2017年から上川大雪酒造株式会社として「緑丘蔵」で日本酒造りを開始しました。日本酒製造免許を新規に取得することが難しい時代にあって、遠隔地に酒蔵を移転させるという手法はそれまで例がなく、その後に別地域から酒蔵を移転させた箱館醸蔵(七飯町)や三千櫻酒造(東川町)といった酒蔵移転の例の先駆けとなりました。
――次に、帯広畜産大学内の「碧雲蔵」についてお伺いしたいのですが、十勝では2010年に産学官連携の「とかち酒文化再現プロジェクト」が立ち上がり、2012年に「十勝晴れ」として日本酒が復活しました。その後2022年秋からは碧雲蔵で十勝晴れを製造していますが、同プロジェクトとはどのような関係にあったのでしょうか?
(川端さん)緑丘蔵での日本酒の売り上げが好調だった中、そろそろ製造能力が限界に達しつつあった際に新たな酒蔵の開設を検討していたところ、三大学(小樽商科大学、帯広畜産大学、北見工業大学)の経営統合のタイミングで帯広畜産大学の当時の学長である奥田氏から大学内に酒蔵を開設してはどうかとの提案があり、2020年に碧雲蔵を開設しました。大学の中に酒蔵を開設するというのは日本でも初めての試みです。これは十勝での日本酒復活プロジェクトとは別の流れではあるのですが、十勝では1981年を最後に日本酒作りが途絶えた後、十数年もの間酒蔵を復活させたいという地元の熱があった中、なかなか上手くはいかなかったという歴史があります。それだけ長く酒蔵が熱望されていたという地元の方々の情熱を感じます。また、北海道は日本酒の酒蔵が元々少ないのですが、十勝は農業王国であり食も豊か、函館は海産物が豊富であり、これだけ食資源が豊富な土地に酒蔵がないというのは国内でもあまり例がなく、非常にもったいないなと感じていました。
北海道産の酒米「彗星」、「吟風」、「きたしずく」の3種を使用して造られる日本酒「十勝」。これまでに「–北海道産米でつくる–日本酒アワード2022:グランプリ」等を受賞。
帯広畜産大学や地域の食産業と密に連携し、十勝の食文化に新たな価値を加える。
――碧雲蔵を帯広畜産大学の中に開設したことで、これまでどのような成果につながっているのでしょうか?
(川端さん)大学との連携例としては、現在、3年次に「応用微生物学」という発酵に関する授業が行われているのですが、その際に学生の皆さんに酒蔵内部での日本酒の製造工程を見学していただいています。もろみの発酵中に発生する炭酸ガスや出来上がった麹を見て、皆さんびっくりして帰られますね。来年度には「清酒学」が新たに開講される予定で、座学で日本酒造りを学んでいただくとともに、小規模な実習を行うことも考えています。また、逆に当社の社員が同大学院の博士課程で日本酒のもろみ中の乳酸菌動態や酒質への影響といったような共同研究を行ってもおり、今年の3月に無事卒業しました。
また、日本が伝統的に培ってきた「麹菌」は和食の基礎調味料に使われており、これは湿気の多い日本だからこその文化です。そういった麹菌の新たな利用方法に関して大学との共同研究を行うことで、農業に利用するとか、酒粕を牛に食べさせて肉質の変化を観察するといったことも考えられます。その他、帯広畜産大学とは、北海道産酒米の醸造特製に関する研究や、酒粕や発酵酒粕液肥が大豆の生育にどのような影響を与えるかといった研究を行っています。そのように大学との連携を密にすることで、日本酒の次代の醸造家の育成に貢献していきたいと考えています。
――帯広畜産大学との連携の他に、十勝の食産業との連携についてはどのようにお考えでしょうか?
(川端さん)碧雲蔵が大学内にあることで、我々や大学がハブとなって様々な方々と繋がることができています。例えば、帯広畜産大学の学生が製造に携わった日本酒を発売する、地元のパン屋さんやお菓子屋さん、チーズ工房に当社の酒粕を使った商品を開発してもらうといったような連携事例がこれまでにありますが、地域との密着については我々としても非常に関心の高いテーマです。
ただ一方で、十勝も含めて北海道は原材料の豊富な供給地であるにも関わらず、加工されずに原材料のままでの販売が多く、付加価値が低いといった課題があるものと捉えています。そのような豊富な原材料により高い付加価値をつけるために我々がどのように貢献できるか、またそのようなテーマに対して地域の方々と一緒に考えていくことができると面白いと考えています。
帯広畜産大学での講義、酒造見学の模様
日本酒造りの先に見据える「地方創生」のビジョン
――十勝地域では、碧雲蔵で製造されている日本酒に加え、これまでワイン、ビール、焼酎、リンゴのシードルなどが造られてきており、今後もクラフトジンやウイスキー、また新たなクラフトビールのような盛んな酒造りの動きがありますが、地域として目指すべき姿についてどのように捉えられていますでしょうか?
(川端さん)日本酒の中には、「地酒」と銘打っていても、地元には卸しておらず東京でしか飲めないというものも多くあります。しかし、地域のことを考えると、地域外から来られる観光客の方々をもてなすためにこそ、地元に「地酒」があることが必要なのではないでしょうか。特に、十勝では豊富な食に合わせて様々なお酒が造られるようになってきており、それを目的に十勝を訪れるような、新たなツーリズムの形として発展させていくことができるのではないかと考えています。そして、それらのお酒が地元の方々に受け入れられ、街なかのお店で十勝のお酒がずらっと並び、どこでも気軽に楽しめる状態になることが理想ですね。
また、これは上川町と愛別町の例で、両町合わせて人口が6,000人弱の地域なのですが、一升瓶の日本酒をその地域のためだけに製造していました。製造を開始した最初の年は月に250本製造して秋には欠品となり、その次の年も増産して秋に欠品、最終的には月に450本製造したのですがまた欠品となり、製造能力の限界もあったため、もうそれ以上は製造しないと決めました。地元限定のお酒を造ったことで結果的には、札幌のお寿司屋さんがわざわざ上川町のコンビニに買いにくるといったように、地域に足を運ぶ人がだんだんと増えていきました。テレビの旅番組が上川町を訪れた際にも毎回緑丘蔵を取り上げてもらえるようになり、上川町のおじいちゃんにも「うちの酒」だと紹介していただけるようにもなりました。そのように地域に愛され、自慢の誇れるようなお酒と感じてもらうようになることが大事で、小さいコミュニティの中の身近な方々に応援してもらえるような浸透の仕方が理想だと考えています。
――最後に、十勝の方々へのメッセージと今後の展望についてお願いできますでしょうか?
(川端さん)十勝の美味しい食材を使った料理やチーズには日本酒がよく合うと考えており、ぜひその時節にふさわしいお酒と一緒に味わっていただきたいと思います。そして、日本酒造りをやってきて思うことは、日本酒だからこそ「時の物」になることができると考えています。日本の文化として培われてきた神様に捧げる「御神酒(おみき)」はお米が食べられない時代から、晴れの日や葬儀などの行事や生活に密着しており、日本酒は日本人の生活習慣に染み付いているものです。
当社社長の塚原は、日本酒の事業で儲けようと考えたということではなく、上川町に人を呼び込むために酒蔵を作ろうと呼びかけました。今では年間約100件の視察がありますが、函館にはそれがきっかけで2021年に「五稜乃蔵」が開設されました。碧雲蔵に視察に来られる方の多くは帯広畜産大学が運営していると勘違いをされているのですが、逆に「畜大酒」と思われるようになれば、この取り組みは成功と言えるのではないかと思っています。
編集後記
「我々の仕事は地方創生」と言い切る川端さん。特に、上川町や愛別町で上川大雪酒造の日本酒が地域に根づいているというエピソードは、十勝地域における「地域と食文化の共生・発展」を考えるにあたって、非常に示唆に富むものであるように思われました。
折しも先日には、美食都市研究会と雑誌「料理王国」が主催する「美食都市アワード2024」に帯広市が選ばれました。また、世界的にも日本の健康的な食文化に注目が集まり、発酵技術・文化の重要性が改めて見直されている中、十勝の「食」と「酒」が地域の人々によりますます磨かれ、地域の人々が誇れる文化として醸成されていく姿を期待したいと思います。
LANDとしても川端さんの活動を応援していきます!
(LAND小田)
LINK
上川大雪酒造株式会社ウェブサイト
協力
帯広市経済部経済企画課、フードバレーとかち推進協議会
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